自治体職員の待遇や人手不足がニュースになって久しいですが、本当の問題は給与の低さではなく、仕事の意味を自分で見出せるかどうかという個人差にあります。同じ公務員という枠組みにいても、3年後に「市場価値が高まった人」と「埋没した人」に分かれます。その分岐点は、AIやデジタル化の波の中で、より鮮明になってきています。
ニュースの要約と背景
自治体のデジタル化支援を行う専門家が、公務員職を志す若い世代の職員のモチベーション維持の実態を報告しました。公務員という職業は民間企業と比べて待遇面で優位性がなく、人手不足が深刻化する中、なぜ人は自治体職員を選ぶのか、そして選んだ後、どうやってやりがいを感じ続けるのかが問題となっています。記事では、シンポジウムで登壇した公務員が「社会を変えることができる仕事」「自治体という規模でしかできないこともある」と語り、若い世代へ向けて「ガムシャラに頑張んなさい」というメッセージを贈る場面が紹介されました。
プロの視点からの考察
私が融資担当時代に見た家計診断の現場と、転職エージェント時代に見た職業選択の現実、そして今AIツールを使いこなす実務経験を踏まえると、この問題は単なる「待遇格差」では済まされません。
お金の視点:「割に合う」という幻想
融資審査で数百件の家計を見てきた経験から言えば、公務員は「安定している」というシンボルです。ローン審査で最も通りやすい職業の一つです。しかし、ここが落とし穴です。安定は枠の中での安定に過ぎません。年功序列で昇給は確実ですが、昇給幅は予測可能で、40代で年収の頭打ちが見える。一方、民間企業の営業職や技術職なら、同じ年代で2倍、3倍の年収を得ている人も珍しくない。「割に合わない」と感じる若い職員の多くは、入職後3〜5年で、同級生の民間企業勤務者と年収の差が開き始める現実に気付きます。
融資相談で「公務員だから大丈夫」と言った人が、実は家計が最も厳しいケースも多くありました。なぜなら、給与が想像より上がらないことへの心理的ショックで、支出を抑制する動機が失われるからです。
キャリア市場価値の視点:「埋没」と「抜き出る」の分岐点
転職エージェント時代、40代の公務員からの転職相談が増えました。彼らの共通項は「自治体の中で自分がどんなスキルを持っているのか分からなくなった」という言葉でした。人事異動ローテーションの常習化が、個人のキャリアを意図的に曖昧にしているのです。
これに対し、活躍している若手公務員は異なる動きをしていました。彼らは、異動先でも「その部署でしかできない仕事」を自分の中に積み上げているのです。例えば、予算編成部門で数字に強くなった、情報システム部門でクラウド導入を推し進めた、市民向け事業でSNS施策を立案した——そういう「点」が、5年で「線」になり、市場価値となります。対照的に「3年ごとに異動して、毎回1年目は研修と習熟」を繰り返している職員は、キャリアのアウトプットがゼロに近い。
転職市場では、公務員経験は「安定志向の人材」とラベリングされることが多く、民間企業への転職は実は不利です。だからこそ、自治体の中で「ここにしかいない専門性」を意図的に作らないと、定年までただの給与生活者で終わります。
AI活用の視点:「使われる側」と「使いこなす側」
今、自治体デジタル化の現場でAIツールが急速に導入され始めています。業務効率化、RPA、生成AIの活用——これは若い職員にとって、最大のチャンスであり、同時に最大の落とし穴です。
私自身が業務にAIを組み込んでいる実感では、AIツールを「支給される業務効率化ツール」だと思う人と、「自分の単価を上げるためのレバレッジ」だと考える人では、3年後の市場価値が全く異なります。
例えば、ある若い事務職員がいたとします。従来なら、行政申請処理に月100時間かかっていた。AIツールを導入した場合:
- 使われる側:AIが処理時間を月20時間に削減。空いた80時間で他部門への応援業務などの雑務をこなす。給与は変わらず、キャリアは定年まで「事務処理職」のまま。市場価値なし。
- 使いこなす側:月20時間で完結する業務を自動化スクリプトで月5時間に短縮。空いた95時間で「なぜこの業務が存在するのか」「市民にとって本当に必要か」の分析を始め、業務プロセス自体をリデザイン。その成果を論文や講演で発表。自治体内での「デジタル化推進人材」というポジションを確立。転職市場での値付けが大きく変わる。
自治体職員が「割に合わない」と感じる本当の理由は、待遇ではなく、自分の仕事がAIに置き換わる側に回るか、AIをレバレッジとして使う側に回るか、その選択が個人に委ねられているのに、多くの職員がそれに気付かないまま、ローテーション人事に流されているということです。
実務に活かすためのポイント
- 自分の「得意領域」を意図的に作る(3ヶ月単位)
異動先に配置されたら、最初の3ヶ月で「この部門で自分が最も得意になれる領域は何か」を定義してください。それが情報システム、予算分析、市民対応、法務、どれでもいい。ただし、毎年違う領域に手を出さず、2年間は同じ領域を深掘りする。そこで「この自治体の中で、この人に聞けば答えが返ってくる」という存在になることが、市場価値の第一歩です。
- 月1回、自分の仕事をAIやツールで自動化できないか試す(90分/月)
給与管理、申請処理、レポート作成、データ集計——業務の30〜50%は定型作業です。月に1回、90分使って「この業務にChatGPTやPythonスクリプトを組み合わせたら、月何時間削れるか」をリサーチしてください。削った時間を「何もしない時間」にせず、前述の「得意領域」を深掘りする時間に充てる。これが「AIを使いこなす側」への最短経路です。
- 年1回、自分の仕事の成果を「外部向けアウトプット」にする(資料作成2時間/年)
市町村の課題解決、業務改善、デジタル化の施策——これらを学会や業界イベントで発表したり、文書化したりしてください。社内評価は関係ありません。転職市場では「自治体の現場で何をしたか」の証拠が必要です。ブログ、論文、講演、どの形式でもいい。年1つの成果物があれば、5年で5つのポートフォリオができます。それが「公務員経験のある人材」から「自治体DXの専門人材」へのラベル変更を促します。
キャリアやビジネスの選択肢を広げるために
記事で語られた公務員の「ガムシャラに頑張んなさい」というメッセージは、世代による経験差の現れです。その世代は、理不尽の中で自分の「意味」を見つけた。しかし今、若い世代は同じ方法では失敗します。なぜなら、自治体職員という職業そのものの市場価値が、AIとデジタル化の波の中で急速に二分化しているからです。
キャリア面での選択肢は、入職した時点で自分がどのタイプになるかを自覚することです。「安定を求めて定年まで公務員」と決めたなら、給与の伸びの限界を受け入れ、家計設計を守りに振る。一方、「自治体でスキルを磨いて、将来的に市場価値を高める」を目指すなら、前述の3つのポイントを今すぐ実行してください。
経済基盤面での選択肢は、年功序列の給与上昇に頼らない働き方を、今から組み込むことです。副業、資産運用、スキル投資——公務員でも許可される範囲で、複数の収入源を持つことで、「割に合わない給与」の不安は大きく軽減します。同時に、副業で培ったスキルや人脈が、本業での「差別化」にも繋がります。
自治体職員という選択肢が「割に合う」か「割に合わない」かは、待遇制度では決まりません。自分がそこで何を学び、何を積み上げるか、その主体性のあるなしで決まる。その気付きが、これからの10年間、あなたのキャリアの分岐点になります。
参照元: 「志はある。でも……」 自治体職員の意欲が育たないのはなぜ? デジタル化以前に取り組むべきこと (ITmedia ビジネスオンライン 最新記事一覧 / 2026-09-02T22:30:00+00:00)


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