DX推進の現場で最大の敵は、ツール自体ではなく「今うまくいっている」という確信です。これは銀行の融資現場でも、転職市場でも同じ。既得権益を手放す恐怖は、論理では動きません。本記事では、ベテラン社員の抵抗を「心理的な問題」ではなく「経済的で現実的な計算」として読み解き、企業と個人の両立ち場から見えてくる、本当に機能するDX導入戦略を解きます。
ニュースの要約と背景
電源開発、東光電気工事、富士製薬工業の3社がDX推進時に直面した共通課題は、「業務が属人化しており、担当者がいなくなるとリスクがある」ことを、当事者に自分事化させられないという問題です。特にベテラン社員や現場管理職から「今のやり方で困っていない」「逆に入力が増える」といった反発が起こります。
これらの企業が乗り越えた工夫は、(1)現場の困りごとを起点に課題を可視化する、(2)チーム内の小さな推進者・アンバサダーを置く、(3)トップダウンではなく現場発の事例を横展開する、という点に集約されます。結果、経営層の掛け声だけでなく、利用者自身が利用者に向けて価値を語る状態まで育ったとのこと。
プロの視点からの考察
この問題の本質は、実は「心理的抵抗」ではなく「キャッシュフローと市場価値の損失を直感で感じている」ということです。
融資を担当していた時期、返済能力がある借主であればあるほど、新しい融資商品に警戒的でした。なぜか。「今の銀行ローンで回っているなら、別の金融商品に乗り換えるメリットが自分に本当にあるのか、確実に測れない」という判断です。これはビジネスパーソンの思考も同じ。ベテラン社員は「現在の確実な成果」と「新ツール導入後の不確実な改善」を天秤にかけて、現在を選んでいる。 それは怠慢ではなく、極めて理性的な判断なのです。
加えて、転職エージェントとしての経験から言えば、ベテラン社員が新しいツールに時間を費やすことへの心理的抵抗には、別の層があります。それは「この会社内での自分の市場価値が『経験と勘』という属人的なものに依存していることを、自分自身が一番よく知っている」ということです。ツールが整備されて業務が属人化から脱すると、「自分でなくても誰でもできる仕事」になるリスク。ベテランの給与と地位は、実は「その人にしかできない仕事」の価値に支えられている部分が大きい。それを手放すことへの恐怖は、経済的な現実です。
つまり、DX推進を成功させるには、ベテランの経済的・キャリア的な不安を直視し、逆方向の価値を提示する必要があります。
記事に登場する企業の工夫は、これを無意識のうちに実践していました。富士製薬工業は「より付加価値の高い仕事に時間を使っていきたい」というビジョンを繰り返し共有した。つまり、ツール導入後、ベテランのキャリアが「単純作業を機械的に回す人」から「判断や企画を担う人」に昇華する道筋を示した。 これは心理的な満足感ではなく、実際の市場価値向上の約束です。
また、チーム内のアンバサダー制度も秀逸です。一見、単なる推進体制のように見えますが、実務的には「その人の役割を『変化に抵抗する守る側』から『新しいやり方の最初の利益者になる側』に転換する」ということ。最初の利益者は、他者に教える権利と誇りを手に入れます。その時点で、属人的な価値から「組織内の影響力」という新しい市場価値に切り替わる。
AIを日々の実務に組み込んでいる現在地から見ると、同じ構造が起きています。AIツールに「使われる側」に回る人と「使いこなして単価を上げる側」に回る人の分岐点も、実は同じです。後者は、AIに時間を譲ることで、自分にしかできない判断や創意工夫に時間を充てられるという報酬を得ている。その報酬が明示されないまま「ツール導入しろ」と言うから、ベテランは拒否する。 至極当然の反応なのです。
実務に活かすためのポイント
- 現場の「困りごと」を手帳にまとめ、解決後の時間コストを数値化する(1週間で1時間ずつ、5日間リサーチ)
ツールの導入を掛け声で推すのではなく、まず「誰が、何に、どれだけ時間を費やしているのか」を可視化してください。融資担当時代、顧客の返済能力を見るときも、具体的な数字なしに判断は不可能でした。同じ。単なる「非効率だ」ではなく「このプロセスは年間XX時間、給与換算でYY万円失われている」という形に落とし込む。すると、ベテランも「確かに無駄だ」と頭で認識できます。
- 導入後に、そのベテランの役割が「何に変わるのか」を、本人と経営層で事前に定義しておく(導入前1ヶ月以内に面談1回、30分)
「ツール導入で効率化される時間」は、次の仕事に充てられなければ、その人にとって失職と同義です。逆に「その時間で提案資料の質を上げる」「顧客対応を増やす」など、キャリアの昇華につながる別の業務が定義されていれば、話は変わります。転職エージェント時代に感じた通り、ビジネスパーソンは「給与・役職」より先に「自分の役割の先」を見ています。
- 導入第1号の推進者を、最も抵抗しそうなベテランではなく「影響力は中程度だが、新しいものに柔軟で、周囲に教えたい欲がある人」にする(導入決定から2週間以内に1人選定・声かけ)
全員が納得してから進むのは幻想です。代わりに「最初の成功者」を用意してください。その人が1ヶ月間、小さな工夫と成功体験を周囲に話す。それが最も強い説得力になります。ベテランも「あの人でもできるなら」という条件付き承認から始まる。AIツール活用も同じロジック。最初の突破口は、最適化された1人の事例です。
キャリアやビジネスの選択肢を広げるために
読者がベテラン社員の立場にいるなら、今、考えるべきは「このツール導入が自分の市場価値を奪うのか、高めるのか」の見極めです。もし企業側からツール導入の掛け声だけで、その先の自分の役割が明示されないなら、それは警戒信号。あなたが手放す時間に見合う新しい役割が用意されていない可能性があります。その場合、同じ業界の他社や異業種での「新ツール使いこなし人材」としてのキャリア転換も、手段の一つです。転職市場では、むしろ「ツール導入時の混乱期を経験した人」の需要は高い。
逆に、自社でのツール導入が「自分の判断と創意に時間を譲る」という形で設計されているなら、それは大きなチャンスです。その場合、今から「ツール導入後、自分が『何を』の判断層になるのか」を企画しておくことで、年収交渉の材料にもなります。給与は「替わりのいない判断」にしか付かない。 つまり、属人的な技能から一刻も早く「教え・判断する立場」に移行することが、長期的な経済基盤を守る戦略です。
組織側にいるなら、ベテランの抵抗を「ノスタルジア」と切り捨てるのではなく、その人の市場価値をどう進化させるかを本気で設計してください。記事の3社が成功したのは、ツールではなく「その先の人のキャリア」まで見据えていたから。その投資が、結果として最強のDX推進エンジンになった。
参照元: 「今のやり方で困っていない」「かえって手間が増える」──DX推進を阻む“ベテランの壁”をどう崩す? (ITmedia ビジネスオンライン 最新記事一覧 / 2026-09-07T00:30:00+00:00)


コメント