ソフトウェア市場で「営業は必要ない」という逆説が、いま現実になっている。トヨクモが示す「Product Led Growth(PLG)」という戦略は、単なるマーケティング手法ではなく、AI時代に個人と企業の生産性競争がどこで決まるのかを示唆している。営業職に頼る企業と、徹底した効率化で稼ぐ企業の分岐点はもう目の前だ。
ニュースの要約と背景
トヨクモは、従来のSales Led Growth(営業が顧客に直接提案する手法)ではなく、プロダクト自体の価値と使いやすさで顧客を獲得するPLGを軸に成長している。CEO山本裕次氏は、ソフトウェアを「一部の大企業向け高級品」ではなく、誰もが直感的に使える「日用品」として捉え直すべきだと主張する。組織は開発3割、マーケティング5割、経営管理2割という特異なバランスを保ち、従業員1人あたりの年間経常収益(ARR)は業界平均の2.5倍を達成。同社は2040年までに売上高1000億円を目指し、2030年頃から本格的な海外展開を準備している。
プロの視点からの考察
この戦略が日本で受け入れられにくい理由を、融資現場とキャリア市場の両側面から見ると、構造的な問題が見える。
融資を担当していた頃、地方の中小企業経営者から「営業が強い」ことは、その企業の信用力を示す重要な指標だと思われていた。経営者本人が顔見知りと信頼関係を築き、個人的な人脈で受注を獲得するビジネスモデルは、銀行員にとっても「この社長なら返せる」という判断材料だった。つまり、営業組織の規模と質は、企業の「担保」と見なされてきた。
だからこそ、営業を削減する決断は、銀行のレンズからは「経営基盤の弱体化」と映りやすい。しかし山本氏が実行しているのはその逆で、営業費用を徹底削減することで、短期的には売上が下がるリスクを引き受けながら、長期的に必要な生産性水準を先取りしている。
転職エージェント時代に見たキャリア市場でも、同じ逆説が起きている。優秀な営業人材は常に引く手あまただ。ただし、その市場価値は AI時代に急速に下がる可能性が高い。なぜなら、営業スキルの核心──顧客の潜在ニーズを引き出し、解決策を提案する行為──は、生成AIで代替可能な領域だからだ。
一方で、「何をやらないか」を決めて、限られたリソースで最大効果を引き出す能力は、AIでは実装できない。山本氏が「IRに関する個別の問い合わせには定型文で返す」「大企業からの訪問要請も断る」と明かしたのは、短期的な営業機会を失う決断だ。だが、この決断こそが、組織全体を「効率化フェーズへの移行」に強制的に導く。
現在、AIを実務に組み込んでいる身として感じるのは、AIツールは「使われる側」と「使いこなす側」を一瞬で分けるということだ。トヨクモの従業員1人あたりARRが5000万円を超えるのは、マーケティング人材が顧客行動のデータを徹底的に分析し、コンテンツを最適化しているからだ。この作業は、生成AIとデータ分析ツールが組み合わさることで、さらに加速する。逆に、営業人材に頼る企業は、AIで営業プロセスを自動化されると同時に、その自動化に対応できない人材を抱え続けることになる。
典型的な事例として、メーカー営業職で年収800万円の40代男性を想定してみよう。彼の市場価値は、過去10年の人脈と営業スキルに集約されている。だが、CRMシステムとAIが営業プロセスを標準化し、提案資料は自動生成される時代が来れば、彼の「個人営業力」は企業の資産から個人の負債へ転じる。一方、マーケティング分析とデータドリブンな意思決定ができる人材は、どの業界でも需要が高まる。同じ年収でも、3年後の雇用可能性が劇的に分かれている。
実務に活かすためのポイント
- 自分の仕事が「営業スキル」で成立しているなら、今すぐデータ分析とマーケティング領域へのシフトを検討する
オンライン講座(例:Datacamp、Google Analytics Academy)で3ヶ月のスキルセットを作り、現職でデジタルマーケティング案件に関わる。営業職だからこそ、顧客データの分析視点を持つ人材は希少性が高い。
- 自分の組織で「やらないことリスト」を作成し、営業以外の効率化を進める
営業は人海戦術に陥りやすい。月1回、経営層と「この営業活動は本当に必要か」を問い直す会議を設定。特に「個別対応」「手作り資料」「定型的な顧客説明」は、自動化やテンプレート化の候補にする。1ヶ月で5~10時間の削減が目標。
- プロダクトの使いやすさ改善に営業部門も巻き込む
営業人材が実際に感じる「顧客の困り」は、開発部門が見落とす改善点の宝庫。月1回、営業担当者にプロダクト改善ワークショップへの参加を義務付け、営業スキルからプロダクト思考へのマインドシフトを促す。
キャリアやビジネスの選択肢を広げるために
この記事で最も重要な示唆は、AI時代に「生産性の高い筋肉質な組織」をいかに個人レベルで実装するか、という問題だ。
キャリア面では、営業職や対面営業依存の業種にいる場合、遅くとも向こう2年で以下のいずれかの行動を取る必要がある。①デジタルマーケティングやデータ分析などの効率化スキルを習得し、職種転換する、②PLGやグロースハック的思考で顧客獲得を再設計し、自分の価値を「営業人」から「市場分析者」へ昇華させる、③独立し、AIツールを活用した低コスト・高効率なビジネスモデルを自分で試験する。
経済基盤の面では、給与依存度を下げながら、スキル投資の先行投資期を設定することが鍵だ。年間30~50万円をオンライン教育費に充てる(法人税で控除可能な場合もある)と同時に、副業でAIツールを活用した案件(記事作成、データ分析、マーケティング企画など)を月5~10時間で受託する。6ヶ月後には月5万円程度の副収入が見込め、1年後には本業の給与交渉時に「AI時代の市場価値を証明する実績」として活用できる。
トヨクモが示しているのは、「人間関係や営業努力で稼ぐ時代」の終わりだ。今後は、いかに限られた時間と人員で最大の成果を引き出すかが、個人にも企業にも問われる。その競争から逃げられるのは、いま行動を起こした人だけだ。
参照元: 「売り込まない」戦略でSaaSを大衆化–トヨクモ山本CEOが語る日本企業が世界で勝つ条件 (ZDNet Japan 最新情報 総合 / 2026-09-09T22:26:00+00:00)


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